概要
東京科学大学 教育革新センター(CITL: Center for Innovative Teaching and Learning)では、博士後期課程の学生を対象に、大学で教える教授能力を養成する研修プログラムとして、PFFPプログラム(Preparing Future Faculty and Professionals Program)の準備を進めています。
本プログラムは、東京科学大学の第4期中期計画における達成目標水準(「次代を担う教育者・研究者として博士後期課程学生を遇し、自律した高度な科学技術人材として活動できる能力を高める」)に掲げる評価指標(「第4期中に、ティーチングアシスタントとなる博士後期課程学生全員が受講する研修制度を構築し、研修を開始する」)に対応するものであり、教育革新センターではTA業務に従事する大学院生を対象とした研修プログラムを2024年度から実施しています。
日本国内のPFFプログラムには、(1)大学教員を志望する大学院生を対象とした「大学教員養成プログラム」で、ファカルティ・ディベロップメント活動の一部として企画・実施されるものと、(2)大学教育の改善のために、教育補助者であるTAのスキルを向上させ、TA制度の実質化を目指すものの2つのルートがあります(東北大学高度教養教育・学生支援機構大学教育支援センター,2015;今野,2016;加藤・門松・浅山ほか,2025)。
一方、アメリカの研究大学院では、短期的で場当たり的なTA開発から、長期的に大学院生を「将来の大学教員(PFF)」として育成するプログラムへと変化してきました(吉良,2008)。また、Nyquist&Woodford(2000)は、ピュー財団(Pew Charitable Trusts)の支援を受けて、博士号取得者の雇用先である企業・行政機関・非営利団体などに所属する365名にインタビュー調査を行い、企業などが博士号取得者に対して、部下を指導するための説明力やコミュニケーション能力といった「一般的な教育能力(general teaching skills)」を求めていることを明らかにしました。
こうした社会からの博士後期課程教育への懸念や改善要求を受けて、PFFプログラムは大学で教えるための教育力にとどまらず、メンタリング、コーチング、チームワーク、リーダーシップ、マネジメントなど、幅広い教育能力を身につける内容へと変わってきました。さらに、その対象も博士後期課程の大学院生だけでなく、専門職大学院の学生にまで広がり、将来の専門職準備(PFP: Preparing Future Professionals)に対応する動きも見られるようになっています(吉良,2014)。
旧東京工業大学(現東京科学大学)では、2022年度(令和4年度)の博士後期課程修了生324名のうち、大学および企業に就職した修了生は167名(51.5%)で、就職先としては企業・公務などが97名(58%)と最も多く、国内外の大学が41名(25%)、研究機関が29名(17%)で、あわせて42%となっています。また、希望の職に就けず就職準備中と回答した修了生は71名(21.9%)でした(東京工業大学,2023;加藤,2024)。
本学に限らず、理工系分野の博士後期課程修了者は、優れた能力を持ち学位を取得していても、必ずしも希望どおりの職種に就けない場合があり、大学院におけるガイダンスやキャリア教育の充実、また、TAから大学教員へ円滑に移行できるキャリアパスの整備が求められています(加藤,2024)。さらに、企業が博士号取得者に求める「一般的な教育能力」を、大学院在学中から育成するためのPFPプログラムの導入も、時代のニーズに対応したものといえます。
こうした背景を受けて、東京科学大学では、博士課程の学生を対象に、一般的な教育能力を高め、さらに大学で教えるための教授能力を養成するPFFPプログラムを計画しています。
試行期間として、2024年10月には、TA業務を初めて担当する大学院生向けに「TA入門」を企画し、講義と小グループでのグループワークを中心とした研修を実施しました。さらに、2025年2月には「TA研修(中級)」として外部講師を招き、「研究者に必要な伝える力」というテーマで、コミュニケーション能力を育成する研修会を行い、「一般的な教育能力」を含む研修内容の充実を図りました。



また、先行してPFFを実施している国内外の主要大学へのアンケート・インタビュー調査や訪問調査で得られた情報を参考にしながら、大学院生が「一般的な教育能力」から「大学で専門領域の講義を担当できる教授スキル」までを段階的に身につけられるよう、PFFPプログラムを今後さらに充実させていく予定です。
東京科学大学教育革新センター(2025).PFFプログラムの開発,PFFプログラム調査報告書,1-2.より
参考文献
- 門松 怜史・浅山 拓哉・加藤 由香里・山下 幸彦・畠山 久・室田 真男(2024).大学教員準備講座デザインに向けた国内大学の動向調査 日本教育工学会研究報告集,2024(4),195-202.https://doi.org/10.15077/jsetstudy.2024.4_195
- 加藤 由香里(2024).理工系大学における大学教員準備講座の成立条件―教授学習センターと学内プログラムとの連携― 日本教育メディア学会研究会論集,(57),52-60.
https://doi.org/10.24458/jaemsstudy.57.0_52 - 加藤 由香里・門松 怜史・浅山 拓哉・畠山 久・山下 幸彦・室田 真男(2025).理工系分野の大学院生を対象とする大学教員準備講座―他大学の教職員へのアンケート調査分析を中心に― 高等教育ジャーナル―高等教育と生涯学習―,(32),47-57.
https://doi.org/10.14943/J.HighEdu.32.47 - 吉良 直(2008).アメリカの大学におけるTA養成制度と大学教員準備プログラムの現状と課題 名古屋高等教育研究,(8),193-215.
- 吉良 直(2014).大学院生のための段階的な大学教員養成機能に関する研究―アメリカの研究大学から日本への示唆― 教育総合研究(日本教育大学院大学),(7),1-20.
- 今野 文子(2016).大学院生を対象とした大学教員養成プログラム(プレFD)の動向と東北大学における取組み 東北大学高度教養教育・学生支援機構紀要,(2),61-74.
- Nyquist, J. D., & Woodford, B. J. (2000). Re-envisioning the Ph.D.: What Concerns Do We Have? Retrieved March 18, 2025, from
https://depts.washington.edu/envision/resources/ConcernsBrief.pdf - 東北大学高度教養教育・学生支援機構大学教育支援センター(2015).日本の大学における大学教員準備プログラムについて(提言) 東北大学大学教員準備プログラム/新任教員プログラム2014年度報告書,249-254.
https://www.ihe.tohoku.ac.jp/CPD/files/20150428060501.pdf 東京工業大学(2023).東京工業大学博士後期課程学生の進路 東京工業大学 Retrieved September 30, 2024, from
https://www.titech.ac.jp/student-support/pdf/27a501d421604f888bf5b9afa440ab69-1.pdf